違法アップロード取締は作家の利益向上に貢献するか ~もはやデータに価値なし~

最近ちょっと話題になってたので一応引用しましたが、まあ別にこんなものをいちいち引っ張ってくるまでもなく、この問題には一段上の議論が必要だろうと何年も思ってましたよ、私は。いたちごっこが繰り返されて久しい、違法アップロード問題の根本に潜む問題を探ります。叩き台がマンガなのでマンガのことを中心に論を展開しますが、同じことは小説や音楽や映像作品についてもいえると思って読んでください。

下手に広まったらすぐ脊髄反射で叩いてくる奴が出てきそうな内容になりますので、もう30秒考えれば論理破綻していると分かるような恥ずかしいコメントを感情的に書き込んでバカを晒すなどということをしたくない人は、今のうちにこのブラウザを閉じましょう。もっとも、そうなる可能性がある人はこの語り口を見た段階で引き返すと思いますが。

◆前提:著作権と法の現状

★リンゴでわかる著作権

いきなり権利と法の話から始まるので身構えてしまうかもしれませんが、決して難しい話はしませんから気楽に読んでください。とは言っても、今更著作権について説明し直す必要もないかもしれませんが。

まず、いま存在する日本という国家や、その国家が制定した法律というものは一旦忘れましょう。国も法もない、ただ人間だけがいる世界を考えてください。そんな世界で、あなたが他の誰も立ち入っていなかった土地を開拓したとしましょう。これでその土地はあなたのものです。また、そこにリンゴの木が生えていたとしましょう。その木はあなたのものです。

あなたはリンゴをかじった後、その種を自分の土地に撒いて、リンゴを生産しようと考えます。毎日水をやり、やたら生えてくる雑草を抜き取り、汗水垂らしながらリンゴを育てていきます。数年後、あなたの努力の結晶として、大きく育ったリンゴの木にいくつも実がなりました。この実は全てあなたのものです。このリンゴが作家にとっての作品だと考えてください。

自分で食べてもいいのですが、やたら豊作だったので、あなたは他人にそのリンゴを分けようと考えました。しかしタダで渡すわけにはいきません。隣の土地で梨を作っている人のもとに行き、リンゴを見せて、梨とリンゴを交換しないかと持ちかけます。この交渉が作家にとっての商売です。あなたはリンゴを渡す代わりに梨を得ました。この梨が作家にとっての売上というわけですね。

また、あなたが収穫したリンゴの中には、食べることはできるけど交換の材料としては使えそうにないものがあります。余らせていても仕方ないので、あなたはこれを他人に譲ろうと考えました。この譲ったリンゴは作家にとってTwitterにアップする作品です。

そしてあなたは、交換に出したリンゴや譲渡したリンゴについて、「食べるのはいいけど捨てないで」と念を押します。この意志表示が作家にとって作品に対する著作権ということになります。以上、よくわかる著作権でした。作家じゃなくて絵師とかでも同じですね。このたとえはまだ続きます。

あらかじめ言っておきますけど、私この後の文章で著作権法をちゃんと守ろうみたいな話は一切しないので、そのつもりで。

 

★捨てるなと言ったリンゴを捨てられたときに

ところが、後日あなたは自分が育てて他人に売った(あげた)リンゴが道端に捨てられているのを発見します。リンゴを育てた毎日を思い出して、あなたの目からは涙が溢れ、やがて怒りが込み上げてきます。鬼のような調査の末、あなたはそのリンゴを捨てた人物を特定し、「捨てるなって言ったじゃないか!」と迫ります。

ところがリンゴを捨てた当人は知らん顔。あなたはさらに怒り狂いました。彼が捨てたという証拠は揃っています(どんな証拠かは知りませんが)。あなたは別の人々にその証拠を見せ、犯人に賠償を要求します。ところがそれを見ていたある人がぽつり。「リンゴ1個に対してそれはちょっとおかしくない?」

さらにまた別の人は、「そもそも、もらったリンゴをどうしようと勝手でしょ?」と言い出します。このままでは話がまとまりません。するとここで、見るからに偉大そうな雰囲気をまとったおじいさんが現れて、その場を全てまとめ上げ、犯人からあなたに誰が聞いても正当だと言いそうな賠償を命じ、そして今後同じようが起きた時に備えたルールを提案しました。

このおじいさんの出すルールが著作権法だと思いましょう。このルール=著作権法があるから、全ての人のリンゴや梨といった生産物=作家にとっての作品の著作権は守られているというわけです。まあ結構テキトーなたとえなので、必要なければざっくり読み流してください。次の項の途中まで続きます。

 

★みんながリンゴを捨て、拾い、配り、受け取る世界

やがて時は経ち、リンゴの大量生産技術が発達しました。あなたは市場に向けてリンゴをたくさん運んでいるところです。あなたのリンゴは特別な色ツヤをしていて、自分のリンゴだと一目で分かる種類のもの。割と評判も高く、今日もお客さんが待っていると思えば、リンゴの重さなど苦にもなりません。

ところが、いざ市場に着いてみると、何と自分のリンゴと全く同じ色ツヤをしたものがタダで配布されていました。あなたは慌てて駆け寄って、そこでそのリンゴを配って回っている人にこう尋ねます。「そのリンゴ、うちのなんだけど、どこで手に入れたの?」

彼は答えました。「あー、何か拾ったんスよ。だからいっぱい増やして配ってるッス。美味しいんスよこのリンゴ!」と。あなたが落としたか、あるいは誰かが捨てたかは分かりませんが、あなたの特別なリンゴはもはやタダで配布されているそれに勝てるはずもなく、当然売れません。

……と、ここまでが冒頭に引用したマンガの展開をリンゴでたとえたオハナシ。ここで「落ちてるリンゴは拾わないでね! ていうか落としてないから誰かが捨てたんだと思うけど、やめてね!」と言っているのが上のマンガです。

しかし、私はそんな犬のしつけみたいなことを言うためにこの記事を書いているわけではありません。あなたのリンゴがタダで配布されれば、誰もあなたからリンゴを買わなくなるというところを、冒頭のマンガは問題にしています。しかしそれ以上に、あなたがいくらリンゴを捨てないでと頼んでもなお、捨てる人間・拾う人間・タダで配る人間・それを受け取る人間がたくさんいるという世界の残酷な真実があるのです。

そうなってしまっている現状、あなたがリンゴを捨てられたから何とかしてといくらおじいさんに報告しても、おじいさんはとても対処しきれません。「すまん、手が足りんのじゃ、諦めてくれ」と言われてしまうことでしょう。おじいさんのルール=著作権法はもはや機能していないに等しいのです。そのときあなたが真にとるべき行動とは何か。ここからはそれを考えていきます。

 

◆データの価値とモラルの変容

★もはやデータに価値はつかない

結論から申し上げましょう。データの価値はゼロ円です。データの価値はゼロ円です。2回書いてわざわざ色までつけました。それくらい大事なことです。

そもそも、現代において私たちはGoogleで5秒検索すればノスタルジーを想わせるファンタジックな絵を無料で眺めに行くことができますし、YouTubeで3秒検索すれば地球の裏側で起こっている驚くべき真実を無料で目の前に映し出すことができます。音楽は合法の範囲内でも無料で聴き放題ですし、マンガはTwitterやPixivを漁れば無料で際限なく出てきます。そもそも冒頭のマンガもTwitterにアップされているものです。

そして、データ化された絵は、動画は、音楽は、そしてマンガは、実に簡単な方法でコピー可能です。あなただけの特別なリンゴは、現代テクノロジーによってデータ化されることで、いくらでも増やせる形に変えることができてしまうのです。

いやいや待ってほしい、マンガは書籍だからデータじゃないだろう。そうおっしゃる人がいるでしょう。ところであなた、たとえばマンガの違法アップロードサイト最筆頭『漫画村』を覗いて同じことが言えるのかという話ですよ。スキャン技術によって紙の書籍はあっさりとデータ化されてしまいます。そのデータ化したマンガを公開しているのが、すなわち拾ったリンゴのコピーをタダで配っているのが『漫画村』ですね。『漫画村』でマンガを読むのは、タダで配られたリンゴを受け取ることと同じです。

また、Twitterで無数にみられる書籍マンガを撮影した画像群は、いわば買ったリンゴを捨てている行為に等しいでしょう。それをまた誰かが拾ってまた捨てたり、あるいは『漫画村』的なところで配ったりするわけです。

さらには、課金の壁を超えた先のデータもまた、たとえばスクリーンショット機能などを使えばあっさりコピーできます。もちろん、それだけならノーダメージでしょう。しかし、そういった行為をする者が次に何をするか。たぶん上手いこと切り取ってツイッターのアイコンに使うでしょうね。これがリンゴでいうところの拾う行為です。

今回何度でも繰り返しますが、データの価値はゼロ円です。コピー可能なものに価値は宿りません。あなたの艶めくリンゴにもはや価値はないんです。当然この文章にも価値はありません。Ctrl+Aを押して小指をそのままにCを押せばコピーが完了します。あとは任意の場所でペーストするだけでアラ簡単、パクリ記事の誕生です。しかも文章なら、もしコピーロックがかかっていても目で見て打ち直せばコピーできます。誰がお金出してわざわざ読みますかそんなもの?

 

念のため言い訳しておきますけど、当ブログで引用してる画像は「転載禁止」と明確に書かれていない公式サイトのもの(URLを直接引っ張ってきてますからダウンロードもアップロードもしていません)と、Twitterにアップロードされているもの(元ツイートの合法/違法を問わず引用それ自体は合法)のみですからね。

 

★価値がつかないのだからモラルも変わる

最近やたらとモラルって言葉を使ってる気がしますが、価値がつかなくなったものに対するモラル(倫理観)のあり方は、当然変わっていきます。具体的にはまさしく冒頭のマンガのように。

かつてまだマンガが書籍でしか読むことができず、音楽もMDやCDというソフトウェアでしか手に入れられず、映像もビデオテープで販売され、世界の裏側の出来事を見るためには直接そこに行かないといけなかった時代。この頃は、今より各業界の羽振りも良かったことでしょう。ところがそんな時代は終わり、業界はいまにも潰れようとしています。これについて、面白い統計データを見つけました。

日本の出版統計|全国出版協会・出版科学研究所

広範を語りに行くと面倒なのであくまで今回はコミックだけに焦点を当てますが、紙媒体(コミック誌)の売上は20年間露骨に右肩下がり状態です。回復の兆しなど一切みせず、ただただ順調に下り坂。一方コミックスとは電子書籍らしいですが、こちらも全体としては緩やかに下降気味。サイトに飛べば分かりますが、他の書籍類の売上も全て減少の一途を辿っています。ところで、なぜかサイトの説明書きが私の分析と一部違うんですが、何なんでしょう……。

まあ、業界の経営状況が明らかにヤバいということさえ分かればひとまずOKです。上のグラフを単純に延長すれば、紙媒体なんかはあとたった7年で消滅します。コミック全体でみてもあと20年です。いいですか未来の作家諸君そして現在作家として活躍されている皆さん、いまの出版業界にどのみち希望はないこのことをまず念頭に入れておきましょう。

かつては書籍というコピー不可能なモノに価値が宿っていました。しかしそれがテクノロジーの発展で、コピー可能な価値のないモノに成り下がってしまった。これがいまの情況です。そのうえで、価値のないデータと化したマンガが現在どうやって消費されているか。その(作家にとっては)悲惨な現実を端的に描いているのが冒頭のマンガというわけです。

私たちはいまや、Googleで「(作品名) 無料」と打ち込んでちょっと検索すれば、だいたいどんなマンガでも「■■■っていう無料で漫画が読めるサイト」に辿り着くことができます。いま試しに『からかい上手の高木さん』でやってみましたけども、『漫画村』がやっぱりすぐ出てきますね。検索結果の4番目。これが世界の残酷な真実ですよ。

価値のつかないコピー可能なデータである以上、もはやそうしたサイトがモノに価値があった頃のモラルに合わせて作られた現行法律に反していようがいなかろうが関係ありませんし、そもそも法知識のない人間は「サイトには『違法じゃない』って書いてありました」程度の認識しかありません。価値のないものに無理矢理値段をつけて売っているものと、無料で公開しているもの。どちらになびくかといえば、経済的側面だけ考えれば圧倒的に後者に決まってます。

これが作家にとっては忌々しい、新しい時代のモラルです。マンガはもはや売り物にならないんです。それはCDや雑誌、新聞なんかも同じですね。ましてテキストサイトで儲けようなんて、ビジネスモデルとしては最悪です。

こうした環境の中で、旧時代的なモラルを陳腐な新興宗教のごとく声高に唱えて異端者を審問することがいかに滑稽か。ここでいう旧時代的モラルとは、「単行本・雑誌・電子書籍を買ってくれ」という作家の虚しい訴えのことを指します。そんなことを言うまでもなく、これまでついてきてくれている良心的なファンは書籍を買いますし、そうしていない人は買いません。そういえば、よく作家やアーティストのファンの中に「作品にお金を出さない奴はファンと名乗る資格はない」みたいなことを言い出す奴がいますが、自身が「作品にはお金を出す」という姿勢でいるという表明をするならともかく、この時代にそんな断罪をするのは論外ですね。老害になる前に考えを改めましょう。

まだピンと来ない方は、現代を次のような時代だと考えればいいでしょう。その昔、友達同士でマンガを貸し借りしていた人は多いはずですが、それがいまや、全世界規模で1冊のマンガを貸し借りすることができる。これが、インターネットが発展した現代という時代なんです。

そんな現代においても未だ新しいモラルに抗って利益をふんだくろうとするのは、極めて滑稽だと言わざるを得ません。そもそも書籍業界全体が右肩下がりなのに、「作品の存続」が「単行本の売り上げで決まる」ような前時代的ビジネスモデルを更新できていない業界に留まり続けていることに、何かメリットがあるんですか? 何が「無自覚のうちに作品と作家を殺す」ですか。時代錯誤のビジネスモデルに無自覚に依存し思考停止しているのは作家のほうでしょう。まして「売り上げが伸びない作品は出版社から『価値のない作品』と断ぜられる」? そんなバカ出版社に「価値のない作品」とか言われて、大人しく引き下がってるほうも大概バカだ。悔しくないのかアンタらは!

 

★違法アップロード取締は利益向上に……

記事のタイトルに掲げた問題への回答は、もはや自明でしょう。無料で読めるならそっちで読むという新しいモラルがすっかり人々の中に内在してしまっているこの現代で、違法アップロードを取り締まることは利益向上にはつながらないというのが世界の残酷な真実です。今日ちょっとこのフレーズ使い過ぎですね。

要するに、無料で読めるならそっちで読むという新しいモラルをもつ人には、もともと課金可能性などないわけです。彼らから違法アップロードを取り上げたらどうなるか。書籍を買い始めると思っているのが違法アップロード徹底撲滅派なんでしょうが、私の見解は逆です。むしろ彼らはマンガそのものから離れていくんじゃないでしょうか。「あ、お金払わないといけないのか……じゃあいいや」と。すでに挙げた通り、無料で楽しめる娯楽が他にも山ほどある時代です。たかだかマンガが無料で読めなくなった程度で、「じゃあお金を出して買おう!」とはなりません。

理由はもう反復するまでもないでしょうけども、あえて嫌というほど刷り込んでいきましょう。コピー可能なデータの価値はゼロ円です。もちろん、コピーしないというモラルを誰もが強く持ち続けていればそうはならなかったんでしょうけども、そうなってしまったという現状のほうをいい加減正面から受け止めるべきだと私は思いますね。

もう少しいえば、恐らく冒頭のマンガで「◯◯先生の漫画読まさせていただきました!」と元気に話す彼は、違法アップロードサイトがなければそもそも作品を知ることもなかったでしょう。こういうところだけに敏感なバカのためにはっきり書いておきますが、そのことによる作家への利益はゼロ(とまでは言い切れないにしてもそもそも作家がダメって言ってんだからダメ)なので、この点で違法アップロードサイトはむしろ作家に貢献している(から肯定すべき)などという論を展開するつもりはありません。

そもそも「違法アップロード」という絶対悪のレッテルを貼る気満々の言い回しが滑稽極まりない。いや、いわゆる違法アップロードをやってもいいって言ってるわけじゃないですよ? ただ、「捨てないでね」って言われて買った/もらったリンゴはおじいさんのルールがあろうがなかろうが当然捨ててはいけない、というのが前提にあって、ルールはその後に設定されてるんです。「法律違反だからダメ」なんじゃなくて「ダメだから法律違反」なんですよ。そこのところ取り違えている人が多い印象ありますね。

ところが、いくら「違法」だと断罪を試みても、古いモラルで「ダメ」だったから制定された既存の法律と、時代の変化で誕生した新しいモラルが食い違っているため、違法アップロードを規定している著作権法自体が古いモラルを守るよう虚しく呼びかけるだけの空転する装置と化しているのが現状。こうなっているいま、もはや既存の法律は作家の作品を守れません。

大量にコピーされたあなたのリンゴを、おじいさんは回収しきれません。リンゴはもはや、捨てられて拾われてコピーされて配られるのが当たり前です。そんな現実がある以上、リンゴを生産しているあなたのほうがその現実を前提として織り込み、そのうえでどうにかして利益を出す方法を考えていく必要があります。

 

◆作家と出版社のビジネスモデルの更新が必要

★それでもマンガを買う人は何にお金を出しているのか

まずこの時点で「そういうことを言って、自分が無料で読みたいだけだろ」とか思ってるそこのバカ、いっぺん桜島の火口にでも落ちれば少しはマシになるかもしれませんね。もしそれが私の目的なら、黙ってコソコソ読んでたほうが安全です。

ところで、そんな難癖をつける人なら恐らく、自身はちゃんとマンガを買って読んでいるんでしょう。無料で読める現実があるのにわざわざマンガを買ってくれる人が、この世にはまだまだ存在します。彼らの多くは、作家と同じように旧時代的モラルを保っており、無料で読めるサイトの誘惑に耐えながらマンガを買っています。

しかし、もう暗記しましたか? コピー可能なデータの価値はゼロ円です。ここまで読んできてもなおこの事実を受け入れられない頭の悪い人はもはや作家やその他あらゆるクリエイティブな仕事に向いていないので、諦めてそのへんのブラック企業に就職し社会の歯車になってください。なってる人はもうなってるでしょうけど。

ではそのような、コピー可能なデータに、モノに価値がない現状においても、なお読者がお金を出している対象は何か。真に価値あるものとは何か。それは作家のマンガを描くという才能そのものです。

「え、何言ってんだ当たり前だろ」みたいな顔をされているかもしれませんけど、究極的には無価値なモノであるところの書籍というかたちで才能を売った気になって甘えてる作家が山ほどいる、というのを表してるのが冒頭のマンガですからね? まあそのマンガを描いている作者本人も同様に甘えてるから滑稽なんですけど。

もちろん、モノとして紙媒体の書籍が好きだという人が一定数いることは当然知っていますし、その趣味を否定するつもりは毛ほどもありません。あるいは電子書籍でも同じです。ただ、そうでない人もたくさんいるということを押さえておかないと作家は商売としてもはや成立しませんよ、という話をここまでで散々してきています。

つまり、新しいモラルに対応した新しいビジネスモデルとは、書籍というモノに依存せず正しく才能を売るためのものである必要があります。では、具体的にそれを実現しうるシステムを考えていきましょう。

 

★ひとつの解――投げ銭システムの利用

実はさっきからずっと、ある伏線を張っておりました。テキストに価値なんて宿るわけがない、文章に誰がお金なんて出すんだ、と。ところが、その文章に読者が価値をつけられるサービスが存在します。ご存知の方はご存知でしょう、noteです。

note ――つくる、つながる、とどける。

文章だけではなく画像も、すなわちマンガも投稿可能です。このnoteには投げ銭システムが存在し、読み手が好きな金額をクリエイターに払うことができます(100円/500円/その他という選択肢らしいので、1万円とかでも払おうと思えば可能)。

note以外にもいくつか同様のシステムを備えたサービスがありますので、そちらでもいいでしょう。どれくらい効果を上げるかは分かりませんが、少なくとも既存体制できちんと書籍・電子書籍を買ってくれるようなファンは、システムを乗り換えてもその才能に敬意を表してお金を投げてくれると思います(作家はまず彼らを大切にしましょう)。

逆に言えば、既存体制できちんと書籍を買ってくれるようなファンからしか徴収が期待できないという問題もあります。正しく才能にお金を払うシステムを確立しても、利益が上がらないなら乗り換える意味も薄いですよね。もっとも、完全に「乗り換える」というよりは、書籍としてのマンガというモノへのフェティッシュがあるファンに向けていずれ書籍化もするというのも大事だとは思いますが。

 

★違法アップロードサイトに見習え!

これまでは、違法アップロードを撲滅することで書籍を買う以外の選択肢をなくし、どうにかして(どのみち右肩下がりの)出版業界とそれに依存する作家を生き長らえさせようという涙ぐましい努力がなされてきました。そしてそれはご存知の通り、全く成果をあげていません。

ではそんな空回りを続けている出版社を差し置いて新しいモラルをもつ人たちを集客している違法アップロードサイトは、いったい何をもって利益としているのか。答えは冒頭のマンガに書いてあります。「広告費」と。

はい、私がオススメするのはアフィリエイトです。特に誘導とかはしないので、興味がある方はご自分で調べてください。むしろ詳しい方法は私が教えてほしいくらい。私自身ライターですし、このブログだっていずれは収益化したいんですが、いちばん有効らしいGoogleアドセンスはもう少し記事数増やさないと審査通らないらしいので……。ちなみに、たまに貼ってる広告は商品購入で利益が発生するタイプなので、クリックいただいても特に私のほうにメリットはありません。どうせ誰も購入しないでしょうから、目の休憩くらいのイメージで貼ってます。

というか、文章で収益を上げようとなったらまずアフィリエイトだと思うんですが、マンガ界隈にはどうしてそういう発想がないんでしょう? いや、ないことはないんでしょうけど、恐らく有名作家であればあるほど「出版社には恩があるから」とか言って身動きが取れなくなっていて、冒頭のマンガみたいなことを言うしか選択肢がなくなってしまっているんでしょう。Twitterに何千何万とフォロワーがいて、マンガをアップロードするたびに何万件もRTされるくらい人気なんですから、本当は出版社との契約なんか切ってさっさと個人でサイト建てたほうが儲かるまであるんじゃないかとも思いますが。

あとそこの「それクソアフィと同じじゃん」とか言ってる無能、クソアフィとは無価値な情報を垂れ流してSEOで検索結果を荒らす奴らのことだ。素晴らしいマンガを描く作家の才能が正しく利益を上げるための有効な手段をそんな偏見で汚すなクズ。

もっとも、この方法はすでに一部の専門業者がマンガアプリなどで実践しているものでもあります。続きを読むには数十秒の広告動画を観ないといけないようなタイプのやつがそうですね。ウザいと思うかもしれませんしそう思うのは自由ですが、アレがあるから私たちは無料でマンガを読めているわけで、「広告さえなければ」みたいな文句はあんまりパブリックに書くものじゃないですよ……。

 

★作家としてだけではない方向性も

正直、ここまでの話はそれこそ「無価値な情報を垂れ流してSEOで検索結果を荒らす奴ら」のサイトにも載ってると思うんですよ。「作家として稼ぐための○つの方法!」とか言って。「作家として」なら現状では上記が精一杯でしょう。ただ、マンガとは複合的な技術です。絵そのものの技術はもちろん、ストーリーを組み立てる技術、コマ割り・ページ割りをする技術、台詞を考える技術など、複数の技術を組み合わせて初めてマンガというものは出来上がります(細かい名称は大目に見てください)。

一人で全てをやっていない、たとえばストーリー担当・絵担当と分業体制を築いて活動しているユニットなどもあることでしょう。ただ、いずれにせよその技術をマンガだけに費やすのも何だかもったいない気がします。どうしても作家だけにこだわりたいのでなければ、つまり「作家の○○」ではなく「作家でもある○○」でも特に問題ないのであれば、せっかくの技術を他の分野に活かしてみてはいかがでしょうか。

やれることは山ほどあるでしょう。たとえば、一度マンガで成功している人ならその解説本を出してみてもいいですし、絵の描き方を動画にまとめてYouTuber的なことをしてもいいかもしれません。あるいは、いまあるマンガというものをテクノロジーで発展させてコピー不可能な形態に変える方向を模索してもいいですね(これは積極的にやるべきだと思います)。何が出来そうかはたぶん現職の方々のほうがいろいろ思い浮かぶでしょうから、ここはもう投げます。現職の皆さん、もっとこういうことを議論してください。

 

★安定性なんてどのみちないんだから

たびたび噴出する、こういうアホ丸出しの議論(笑)があります。恥ずかしくないんですかねこういうの、ホントに。

アニメーターは仕事じゃなくて趣味なんだから給料低くても文句言うなと主張するサラリーマン toggeter

言うまでもなく、趣味と仕事は対立しない二項です。それをいみじくも体現しているのがたとえばアニメーターであり、大道芸人であり、そして作家です。お金さえ取れればそれは立派に仕事ですし、そもそもすき家に代表される牛丼屋だって、究極的にいえば趣味で作っている牛丼に値段をつけたら売れたから商売になっているんです。無事に成功して規模が大きくなったから仕事として現在そこにあるわけで、その利益のおこぼれにあずかる下働きが山ほどいるという、ただそれだけの話。そういうことをなーんにも考えられないクズが、サラリーマンをやってああいうバカなことを言っているわけです。自身も誰かの趣味の延長としての仕事の末端をやっていることを自覚もせずに。

もう一度リンゴのたとえに立ち返ればすぐに分かることですね。自分で作ったリンゴを交換に出したら成立したから商売になっている。そのリンゴを販売するという(究極的には趣味の延長である)仕事を分担すると、リンゴを作る係、品質をチェックする係、運ぶ係、売る係、売上を管理する係などに分かれるわけです。そしてそれらを統括するあなたは、そこで働く人たちにその労働(労働力はリンゴと同じように自分が生み出せる価値です)の対価を支払わなければならない。

ここでいう働く人たちとは言い換えれば、対価として労働力しか生み出せなかった人たちです。自分の趣味が仕事になるようなものでもなかったから、成功している誰かのおこぼれにあずかるしかない。だというのに何でそんな偉そうにしていられるんだサラリーマン。「正社員は安定しているから偉い」みたいな昭和日本のイデオロギーをそのまま無批判に引っ張ってふんぞり返ってるだけのクズにとやかく言われるようなことは何ひとつありません。いや、ちゃんと目的を持ってサラリーマンになった方のことは私も素晴らしいと思いますよ。それがたとえ「安定して稼げるから」だとしてもです。ただ、それと「好きなことを仕事にしたい」とアニメーターや作家になった人と、いったい何が違うんでしょう。

一応援護しておくと、いま引いたtogetterでまとめられている人が問題視しているのは「最低賃金が守られていないがゆえに実質的に『仕事』として成立していないアニメーターという職業」についてなので、厳密には彼もアニメーターそのものをバカにしているわけではないのです。ただアホであるがゆえに言葉の使い方と整理のしかたが下手で、アホが正確に主張するにはTwitterというハコは狭過ぎたんですね、残念なことに。もっとよく考えてから発言しましょう。

とにかく、正社員が安定しているのは、先人の並々ならぬ努力によって体現された企業の安定性に乗っかってるからというだけのことです。そして作家という、マンガを描くことを労働力として提供できるサラリーマンの受け皿たる出版社は、ここまでみてきたようにもはやすっかり安定性を欠いています。この時代で作家がとるべき道とは何か。

これから作家になりたい人はまず、「ジャンプで連載してる◯◯」みたいな肩書きを欲しがるのはもうやめましょう。データでも明らかなように、出版社はいずれ潰れます。共倒れしたくないのであれば、「作家の◯◯」として名を上げるしかないんです。そしてそのためのツールは、この時代にはすでに揃っています。この時代で作家は、そうしたツールを駆使して自分自身で先人となり、並々ならぬ努力をするしかないんです。

幸運(?)にもすでに出版社と契約している現職作家の方々は、いつか独立する前提でノウハウを吸い取れるだけ吸い取って借り倒すことを意識しましょう。「食い潰される」のと「利用する」のでは大違いです。エスカレーターにはなぜか立ち止まる列と歩く列が形成されますが、より早く進めるのは歩く列ですし、エスカレーターが止まった時にすぐ前へ進めるのも歩く列だけです。安全上エスカレーターは歩いてはいけないそうですが、それはエスカレーター側の要請であって乗る側の都合ではありません。もちろん、出版社とともに立て直す方向性もアリです。

現状でも作品を買ってくれる良心的な読者には感謝の気持ちを忘れずに、無料で作品にあやかろうとする人たちには「いつかお前らからも何とかして金を徴収してやるからな」と怨念を送りながら、やれることをひとつずつやっていけばいいんです。現状を嘆くパフォーマンスをするのは簡単ですが、それだけでは何も変わりませんよ。

作家になる/である以上、どのみち安定性など期待できません。ここまで私が書いてきたことを前提として、それでも頑張れる人だけが、この2018年において作家になる/でいることができます。厳しいと思うならやめましょう。それでもやりたいと思うなら続けましょう。私はそれでもやりたいと思う人を応援します。書籍は絶対買いませんけどね。

 

ちなみにですけど、実は私、生まれてからこれまで一度もマンガを買ったことはありません。アニメも円盤を買ったことなどありません(dアニメストアには登録しています)。ラノベは『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』だけ貰い物の図書カードで買いました。CDは何枚か買っていますが、たまにです。無料で楽しめるものは全て無料で楽しんでいます。何せデータの価値はゼロ円ですので。

 

◆時計の針を前へ進める議論を

まとめましょう。違法アップロード問題の根本にあるのは、違法アップロード撲滅でしか現状を変えられないと思っている作家(と出版社)の問題です。しかし実際はほとんど真逆で、違法アップロードの撲滅は彼らの衰退速度を多少抑えることにはなるかもしれませんが、それでV字回復するということはほぼありえません。そもそも違法アップロード撲滅自体がほとんど不可能であることは、これまでの歴史が証明してきました。著作権法はもはや実質機能しておらず、データの価値はゼロ円となり、新しいモラルはインターネット環境とともにすっかり根付いてしまっています。

ならば、そんな時代であることを織り込んだうえで、作家(と出版社)の側がビジネスモデルを更新してしまえばいい、というのが私の主張です。そのための方法はいくつか提案しましたが、はっきり言ってしまえばそれは私よりも作家と出版社が考えるべきことでしょう。何より、作品では類まれなるクリエイティビティを発揮する作家が、ビジネスの方面ではまるで何も思いつかないだなんて、そんなはずないじゃないですか。

もちろん、違法アップロード撲滅を諦めろと言っているわけではありません。それは違法だから以前に作家が「ダメ」と言ってるからダメですし、論理なんてそれで十分です。並行して取り締まりを続ける姿勢は大切だと思います。

ただ、思考するという点においては私なんかより遥かに長けているはずの作家たちが、その姿勢を見せることだけが解決につながると信じたきり愚かな思考停止に陥ってしまっている、そんな現状が私は気に食わないんです。そんな凍結から一旦切り離すために「クズ」だの「バカ」だの「滑稽」だのと言わせていただきましたが、切断の後に必要なのは再接続です。クズを抜け出せ!

あんなバカみたいなマンガを描いて世界の残酷な真実に対するやり場のない怒りと悲しみを癒す時間があるなら、その先の問題提起をしてもっと議論を生むべきだし、そのためにマンガという手段が使えるのも作家の武器です。時計の針を後ろに戻すことばかり考えていないで、前に進めるための議論をするほうが絶対に有意義ですよ。そう思いませんか、成田先生?

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