匿名のインターネットにおいて人の卑しさはどうすれば乗り越えられるか

たまたまテーマに合致するツイートが話題になっていたので引用しましたが、この話を書こうと思ったきっかけは全然違うところにあります。匿名のインターネットにおいて人の卑しさはどうすれば乗り越えられるかという話。書いてるうちにだいぶメンタルやられてしまった。

◆日本のインターネット環境と匿名文化を考える

★『水曜解放区』で怒られたというきっかけ

いきなり出てきた『水曜解放区』とは何ぞやというところから話を始めると、評論家・宇野常寛氏が主宰を務めるPLANETSの企画のひとつ「PLANETS CHANNEL」で、毎週水曜日にニコ生配信されている番組のことです。私は同氏の名前だけ7年くらい前から知っていたのですが、去年大学で氏の講義を受けたことで一気に興味が湧き、先月くらいにチャンネルに入会してからは欠かさず生放送を聴いています。

いちファンとしてしっかり宣伝しておくと、同チャンネルは月額864円で入会することができる有料チャンネルです。入会することで、世界を変えようと活動を続けるさまざまな方々のインタビュー・エッセイ・対談などが毎平日朝にメールマガジンとして配信されるようになり、さらに上記『水曜解放区』をはじめとしたニコニコ動画での番組生放送およびそのアーカイブを観ることができます。基本的にこのブログで書いた内容はここから得た知見をもとに考えたものだったりもします。値段に見合わない異様な情報量を得られるので、本当にオススメですよ。

PLANETSチャンネル(PLANETS/第二次惑星開発委員会) – ニコニコチャンネル

世間一般には日テレの情報バラエティ番組『スッキリ!』の元コメンテーターとしての顔がよく知られている同氏ですが、とにかく発言のトゲが凄まじいことでも有名です。実を言うと私の以前の記事はそうした態度に対する擁護でもあるのですが、そのトゲに自分が刺されるハメになったのが、今回この記事を書こうと思ったきっかけになっています。

私が具体的にどういう文脈でどういうことを言ったかは割愛しますが、私がつけたコメントを氏に引かれ「匿名で人を見下すような行為は卑しいし、そういうことをする奴はバカだ」といったようなことを言われました。私の該当コメントにその意図があったかというと、あったと言わざるを得ないでしょう。弁明はTwitterでちょっとしたのでここではもうしません。

このお叱りをよく考えると、そもそもメインで言及されているのは「匿名」で人を見下すような発言をしたことについてであり(単に「人を見下す」ほうだけを追及されたら氏にそのままカウンターができてしまいます)、要するに自分の発言に責任を持てない状況でそうしたコメントをつける卑しさに対する非難を受けたわけです。このことから、自分に欠落しているのは匿名環境=発言に責任を持てない状況であるという認識なのだということが分かりました。

で、私自身このブログで散々言ってきたことですが、バカは脱さなければならないので、気を抜くと無意識的に卑しさが発現してしまうインターネットの匿名環境について考えて書いてみることで、一度自分を見直そうかなと思った次第です。怒られたからといってここで拗ねてしまうようではいけないと思いました。

なお、「RA」という名義は本名のイニシャルでありそれ自体は匿名性があるものなのですが、ドラマーおよびライター名義としてすでに各所で使用しているものなので、責任を放棄して逃げることができないという点において十分に匿名性は失われているといえると考えています。「YOSHIKI」とか「ピエール中野」とか「悠木碧」とか「マツコ・デラックス」みたいなものです。名義自体は今後変えるかもしれませんが、それで逃げるわけではありませんし……。

 

★そもそも匿名環境とはどのような場か

簡単に言えば、匿名環境とは発言者が特定されない場のことです。インターネットにおいては、完全に名前を出さないで発言することが可能なもの(5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)・ニコニコ動画のコメント欄など)と、アカウントを設定しハンドルネームを用いる必要があるもののその気になればいつでもアカウントを削除して逃げられるもの(Twitter・Amebaなど)があります。

そのような場では、責任を伴わない発言を行うことが可能になります。いわゆるコテハン実名登録など、個々人の使い方次第では責任を持とうとすることも可能ですが、前者は風潮の問題で忌避されることが多く、後者は個人情報保護の観点から一般的に推奨されません。前者の例として私が最近見かけたのは、シューティングゲーム『World of Tanks Blitz』攻略・情報まとめWiki内のとあるコメントページ

tier6で3000戦はしてるが1回残念な奴を見かけたくらいだな… — ソ連の新兵? 2017-12-08 (金) 01:01:45
最近見かけるソ連の新兵?って何?流行?何を問いたいのか意味不明ですい — 2017-12-16 (土) 23:43:19
そもそも何も問うてないゾ あと別に流行とか関係無しに名乗ってる 以上 — ソ連の新兵? 2017-12-17 (日) 00:00:49
ここのコメ欄って匿名での投稿が原則じゃなかったっけか。それに名乗る奴って大体自己顕示欲の塊みたいな奴らばっかりだしあまり印象は良くないよな。アンタがそうとは言ってないが。 — 2017-12-17 (日) 02:31:24
すまんな… 自分忘れっぽくて名前付けないとどれが自分のコメなのか忘れる事あるんや… — ソ連の新兵? 2017-12-17 (日) 02:34:17
コメ出すと駄弁りに来てるようなもんだし本家wikiなら論外だがblitzでは問題無いと方針出てた筈。管理人さんも放置気味の様だがね — 2017-12-17 (日) 04:04:08
現実的な話すると、複数人と議論になった場合、お前どこの葉なんだよ状態になる — 英国紳士修行中? 2017-12-17 (日) 07:51:18

コメントフォームに名前の入力欄があるにも関わらず「匿名での投稿」が不文律的に原則とされており、コテハン(ソ連の新兵)を使って投稿した者がそれだけで文句をつけられ、さらに「名乗る奴って大体自己顕示欲の塊みたいな奴らばっかり」というある種のレッテルも貼られています。旧2ちゃんねるではこれが当然の風潮でしたし(コテハン=荒らしというのは割と一般的でした)、その空気を受け継ぐ場はインターネット上の各所に存在します。

もう一方、Twitterなどの匿名性についてはいちいち再説明するまでもないと思いますが、自分の例を挙げておきます。かつて私はTwitterを、都合が悪くなればアカウントを消して何もかもなかったことにできる場だと思って使っていました。最初にアカウントを作成したのは2010年だったかと思いますが、その時のアカウントは(実際に都合が悪くなったので)もはや残っていませんし、その時と今ではハンドルネームも全く異なります。

2013年にRAを名乗り始めてからは、リアルの友人を中心にフォローするようになったことや本名より先にRAで覚えられるような事態が多発したこともあって名義もアカウントも一切変えていませんが、それ以前の私が無責任さ全開でインターネットを使っていたのは紛れもない事実です(思えば、この頃の意識が今もまだ残っているのかもしれません)。そして、同じような認識でTwitterを使っている人間が大多数であることが、昨今の悲惨な状況を生み出しているのだともいえるかと思います。

主にFacebookの普及以降は日本にも本名+顔出しが当然みたいな風潮ができつつありますが、私は正直そちらへなかなか移行できません。具体的な理由を問われると難しいですが、「本名と顔はネットに晒さない」というのはモラルとして中学生の頃からずっと持っているものなので、単純に手放しにくい部分があります。その安全さゆえに生じる無責任さはあるでしょうが、同時に個人情報の扱いという点では大事なことでもあり、何とも言い難いところです。

 

★もはや匿名だからイキっているわけではない?

少なくとも自分のことだけを考えると、RAという名前を出している時(Twitter)と出していない時(ニコニコ動画ほか)での発言の慎重さには、あまり変わりがないという印象があります。これはインターネット上に限ったことではなく、リアルの場において顔も名前もバレている状態だろうと、(多少言葉は選ぶかもしれませんが)私の発言内容は実のところそんなに変わりません。

サンプルがあまりに少ないですが、ここから一応こんな仮説を立てることが可能です。2018年現在の風潮として、Twitterのような匿名環境とそうでない環境における発言への責任意識の差は実のところそんなにないのではないかと。かつては確かに2ちゃんねるの「名無し」である時だけイキることができていた人間が山ほどいたと思いますが、そうした時代を知らない2011年以降にネットに触れてTwitterを始めた人は、「都合が悪くなればアカウントを消して何もかもなかったことにできる場」としてのTwitterを、発言に十分責任を持つことができる場だと思って使ってるのかもしれません。

つまり、私が「RA」にはもはや匿名性がないと主張するように、Twitterでのハンドルネーム=アカウント名とは個人を特定しうる非匿名的な”第2の本名”であり、したがって全ての発言には責任が伴っているのだ――とか思ってるわけないですね。思ってたら都合の悪くなったツイートをすぐ消したりしない。少しはそう思って使ってる人もいるかもしれませんが、大多数は違いそうです。そもそも責任の有無とかきっと何も意識していない。何より私がそうだった。

匿名だからイキっているというより、もともとイキる素質のある人間が匿名という安全圏を得て嬉々として発信していると言ったほうが正しいかもしれません。ナチュラルボーンクズなんです。自分のことなので何か書いてて辛くなってきた。

ついでですが、Twitterからは削除機能を消すべきだと私は思ってます。「インターネットへの書き込みは絶対に消せない」みたいに教える風潮がかつてはあったと思いますが、Twitterは誰かが魚拓でも取らない限り明らかに消せてしまうので、発言の無責任さに拍車がかかっている気がしますね。誤字とかももう少し気をつけるようになるでしょうし、良いと思うんですけど……まあTwitter社はそうはしないでしょう。ハイ次。

 

★全世界に開かれている自覚がない?

もうひとつ、インターネットが全世界に開かれているということへの理解が足りないのではないでしょうか。自分がつけた「いいね(お気に入り)」が他人のTLに出現するようになった時のTwitter民の反発なんかにもみられますが、Twitterをはじめフォロー・フォロワーの概念があるSNSでは疑似的に閉じているのが割と当たり前になってしまっているのだと思います。それゆえに、FF外からエゴサしてきた有名人に思わぬ指摘を受けてビビる一般人なんかがよくみられるのでしょう。

全世界に公開されていることは知識としては知っているけれど、自分のツイートなど自分をフォローしている人間しか見ないものだと無意識に決めつけてしまっている。本当は拡声器に向かって超大声で喋っているも同然なのに、何か防音壁のようなものが存在すると勝手に思ってしまっている。Twitterに限らずたとえばInstagramなんかに安易な写真を上げるような人も含め、この認識が決定的に足りていないように感じられます。ただ、パッと目に見えて分からないのでどうにも全世界に開かれていると思えないんでしょうし、大き過ぎるものが見えないその感覚はすごく分かります。

 

◆インターネットの悪しき風潮を排除するプラン

★プランA:匿名の文化や場そのものをなくす

じゃあTwitterに代表される今の日本の腐ったインターネット環境をどうにかするにはどうすればいいのか。まずはそもそも匿名文化を完全に排除するという安直な手があります――が、まあ無理です。

本名登録が基本のFacebookですら姓と名があれば偽名でも登録可能ですし、これを止める手立てはありません。仮に強制本名登録が実現したとしても、それをもはや当然のこととして卑しさを全開にし始める人間が現れ始めるでしょう(すでにいますよね)。そもそも、匿名文化も悪い側面ばかりではないので、ただ潰すというのも何か違うでしょう。

匿名を用いることのできる場をなくす、という意味ではTwitter自体がなくなるのも解決のための一手になりそうですが、たぶんなくならないと思うのでさっさと次を考えましょう。

 

★プランB:空気を変えることで風潮も変える

「人間は本質的に卑しい生き物だが、それを肯定するわけにはいかない。卑しいことを卑しいと言える空気を作ることで、モード(風潮)も変わっていく」とするのは、冒頭で紹介した宇野氏の論です。つまり、人間が「卑しい生き物」であることを前提として、その卑しさを”封印”することに注力するプランです。そこに求められているのは、私なりのことばで言えば理性なんだと思います。

より正確に言えば、”封印”は自分でできるもので、そうすることができない人に対し空気で圧力をかけて卑しさを”隠蔽”させるのがこのプランの主眼かもしれません。インターネットで卑しさを全開にしている人間は、氏によれば自分以外に大事なものがない人ですが、それはたぶん私もそうなのでしょう。というかそうです。何か大事なものを挙げてくださいと言われれば、私は真っ先に「自分」と答えます。マジで他に何もない。だから他人を見下すことでしか自分の価値を実感できない。あれ、この場合どうしたらいいんでしょうね……。

空気を読むということに特化しているきらいがある日本人に対してこの”封印”と”隠蔽”のプランは(不断の努力が必要ではありますが)有効でしょうし、要するに冒頭のマンガのような現実が訪れるということですから、素晴らしいと思います。ただ、今現在の私がこれを肯定すると、卑しさを塗りつぶせるほど大事なものがないので、自分が何もできなくなって死にます。もちろん死ぬ覚悟で肯定しますが、でも死にます。

そうした時、じゃあせめて何か大事なものが見つかるまで卑しさを”隠蔽”するにはどうすればいいのか、ということをこの次からは考えていきます。

 

★プランC:インターネットをやめる

“封印”ではなく”隠蔽”としての短絡的なプランは、インターネットから離れてそのまま二度と触れないこと。言うまでもなく無理です。こんなご時世にそんなことをやったら生きていけません。いや、生きてはいけるんでしょうが(実際生きてる人いますし)、少なくともグローバル化の進む現代においては人生負け確です。

ただ、こういう(私のような)人間は、インターネットを離れただけでは卑しさを”隠蔽”できはしないという根本的な問題があります。自分にとって大事な何かを見つけなければ、この問題は解決しないのではないでしょうか。

 

★プランD:死ぬ

DEAD or DIE! 精神的に死ぬか物理的に死ぬか。プランDのDはDeadとDieとついでのDeathのD。

巴マミじゃないですが、卑しさを”封印”するに足るものを持たない人間はみんな死ぬしかないような気もします、本当に。ごめんなさい真面目に書きます。

 

★プランE:全ての書き込みの前にふた呼吸置く

インターネットに話を絞った時、現実的な”隠蔽”策はこれだけだと思います。自分がこれから書き込もうとしている内容をよく吟味し、それが人を見下したり悪口を並べたりするだけの非建設的な卑しいものになっていないかを確認して、それから投稿ボタンを押す。やってることは書き込むにあたって当然やるべきただの推敲なのですが、誤字脱字を探したり文章の整合性を確かめたりするようなものとは意味合いが違うので、ひと呼吸ではなくふた呼吸。

もしくは、ふた呼吸置いた結果としてそもそも書き込まないという手もあります。極めていくと何も書けなくなると思いますが、その後何かが書けるようになった時が復帰どきなので、やはり大事なものを探しましょう。どうやって探すんだろう……。

 

◆守るべき大事なものとはいったい何なのか……

記事タイトルへの結論を述べれば、プランBとプランEの並行作戦でやればいいのだと思います。自分の卑しさを”封印”できる人は「まともな論理も立てられない奴ヤバいよね」という空気を作って環境を変え、”隠蔽”が精一杯な人は「書き込む前にもうちょっと気をつけよう」というふた呼吸を徹底しつつ大事なものを見つけて自分を変えていく。これしかないかなぁと思います。

また、インターネットが匿名であること自体は実際のところ問題の本質ではなく、単に卑しさが発現しやすい場として無責任に発言できる匿名環境があるだけだということ、人の本質ではあるが肯定しがたい卑しさを”封印”するためには個々人に大事なものがあるかどうかが重要だということもだいたいハッキリしました。つまり、もっと根本的な解決策として、個々人が大事なものを持つということが挙げられるでしょう。この時、プランEは大事なものを持っていない人がそれを見つけるまでの一時しのぎで、プランBはそういった人がうっかり卑しさを発現させないための牽制だといえます。

私個人の話に還元すれば、最初の問いの立て方が間違っていました。匿名環境=発言に責任を持てない状況であるという認識が欠落していたこと以前に、匿名かどうかに関係なくそもそも自分の発言に責任を持てていないという私の根本的なクズっぷりがあり、私はここから直さなければならなかったのです。そのための一番の処方箋は自分の外に大事なものを持つことだということが、この記事を書いたことでよく分かりました。

でも本当にこれだけは分からない。大事なものとは何なのか匿名であろうとなかろうと責任ある発言を行える人間には、守るべき大事な何かが自分の外側にあって、しかしそれは私のような人間には全く理解不能で、理解できるまで恐らく私は無限に卑しさを”隠蔽”し続けないといけない。でもその突破口は全く分からない。どうしたものか……。

いや、本当は大事なものがどういうものなのかは分かっているんです。たとえばそれはAKBファンにとってのAKBなのだと思います。AKBファンもピンキリですから、全員が責任ある発言のできる人間かというとそんなことはないでしょうけども、本当にAKBが大事なのであれば、たとえばCDを100枚買ったからといって「自分は他のファンより優秀だ」みたいなことは全く言いもせず、ただ「自分はあの子が好きだから、これは彼女への応援のかたちだ」とだけ言うのでしょう。それくらい好きなものがあれば、他のどうでもいいことに粘着する暇とかなくなりますから、自然と卑しさも発現しなくなっていくのだと思います。

問題は、そう言える何かが私にはなく、そして卑しい発言を繰り返してしまうTwitter民にも恐らくはないということです。概念としては理解できても、自分の感覚としてそう思えるものを見つけられていない。以前の記事でもチラッと書いたのですが、それくらい好きになれるものを持っている人間が、私は羨ましいです。そういう”ギャンブラー”になることが、この時代における本当の幸せへの道なのでしょう。冒頭のマンガの小学生たちはもう何か見つけているんでしょうか。いじめ問題とか何かもう全部これで解決する気がしますね。見つけていない人は一緒に何か探しましょう、ホント。

というわけで、しばらく私はプランEを実行します。いや、前からやってるはずなんですけど、全然なってないということで喝を入れ直してもらったので、気を抜かないように改めて気をつけていきます

 

本記事の内容とは全然関係ないですが(実はちょっと、いやだいぶあったりもしますが)、宇野常寛氏の最新著作『母性のディストピア』とPLANETS最新刊『現役官僚の滞英日記』をオススメしておきます。最近Amazonとの提携が承認されてちょっと嬉しい。


母性のディストピア


現役官僚の滞英日記

“匿名のインターネットにおいて人の卑しさはどうすれば乗り越えられるか” への1件の返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です