2/28『HANGOUT PLUS(#ハンプラ)』感想

前回の記事でも紹介したPLANETS CHANNELの番組「HANGOUT PLUS」で聞いた、宇野常寛氏と社会学者・開沼博氏との対談。ここから私が考えたことを雑多に書き殴りました。

私のブログを読んでくれる数少ない読者は当該生放送を十中八九観ていない(後でハッシュタグに乗せてつぶやく予定なのでもしかしたら観た人にも読んでいただけるのかもしれませんが)と思うので、観ていない人でも問題なく読めるように書きます。本当は観たほうが良いんですけどね。

◆あまり思い出したくない震災当時の思い出

★たまたま宮城県民とつながりがあった震災前

しょうもない理由があって本当にあの頃のことは思い出したくないんですが、東日本大震災というのは私にとって、良くも悪くも精神的に大きな分岐点でした。当時のアカウントはとっくの昔に削除しましたが、覚えている範囲でその時の自分とその周りに起きていたできごとを振り返ってみようと思います。

2010年の段階で確か私はTwitterを始めていました。当時私は高校1年生。この時はギリギリmixiが生きていて、Facebookが確実にシェアを伸ばし始めていて、ブログサービス以外のAmebaなんかもまだ息があった頃だと記憶しています(私はこの当時AmebaとTwitterの併用でした)。

そんな感じで何となく始めたTwitterで、2011年に入ってからだったかと思いますが、たまたま宮城県民のユーザーと交流を持ちました。震災直前のいわゆる予震(前震)も彼らがそこそこ騒いでおり、そうかぁ5強かぁと思いながら見ていました。

 

★”安全に痛い”非日常の始まりと終わり

ちょうど直前に遅めのインフルエンザにかかっており、本来期末試験期間のところ私は出席停止。ある意味の小さな非日常を謳歌しつつ、追試受けるの面倒だなぁなどと思っていました。そこに発生したのが、のちに東日本大震災と呼ばれるようになる大地震。

私の住む神奈川県でも震度5強、今に至るまであれより大きな揺れを経験したことはありません。しかし、だからこそと言うべきでしょうか、私は思いました。「これで何かが変わる」と。つまらない日常を脱して、イレギュラーな日々が始まるのだと。不覚にも、私はここで奇妙な高揚を覚えてしまったのでした。

実際そうした日々は始まったと思います。東北ほどではないですが、余震が何回も来ましたし、私は地震酔いも起こしました。計画停電(我が家は対象外でしたが)もありました。テレビでは連日連夜、悲劇的な東北の映像が流され続けていました。

そして私にとっては何より、電波を拾うのもままならない宮城県民Twitterユーザーたちというものが、今思えば非日常の実況者のように見えていました。彼らのことはもちろん一面では心配でしたが、一方でそれは画面の向こうの出来事でしかなく、私は実質的に何の被害も受けていない場所で“安全に痛い”非日常を享受していたのだと思います。

その偽物の非日常はしかし、3月の終わりとともに過ぎ去っていきました。4月からは(ちょっと始業は遅れたかもしれませんが)新学期が当たり前のように始まり、震災により遅れたいろいろなものをさらっと取り戻して、またつまらない日常が戻ってきました。全く関係ないゴタゴタがあって5月には自分のアカウントも削除し、宮城県民ユーザーたちとのつながりも完全に切れてしまいました。

 

★明らかにヤバかったあの頃のTwitter

たぶん渦のド真ん中にいたから当時は全然気付かなかったのだと思いますが、あの頃のTwitterというものは明らかにヤバい雰囲気をまとっていました。端的にいえば、それは自粛ムードでした。

少しでも楽しげなことを言えば「不謹慎だ」と叩き潰し、震災と被災者を常に気遣わなければいけないような”空気”が作り出されていました。ヤシマ作戦(全国的節電ムード)でつながった人々は、それに協力しない他者への攻撃活動を始めました。原発はどうでしたかね……少なくとも容認を表明することはできなかったような気がします。

もうひとつ、というかほとんどそのムードを利用するように発生したヤバいものがデマツイートでした。震災に関心を向けなければならない、有益な情報(と一瞬でも思ったもの)は拡散しなければならないという雰囲気に乗じて、恐らく最速で(確か震災当日に)発生したのが「倒れてきたものに挟まれて動けないから助けてほしい」という趣旨のデマツイートだったと記憶しています。

いかにも本当っぽく見せかけた根拠薄弱な情報を流す行為は、震災当日に出てくるくらいですからそれ以前にもあったのでしょう。ただ、本来情報を扱う際に必要不可欠だったリテラシーのようなものは、ここで鍛えられるどころか完全に失われてしまっていたように思います。

というか、リテラシー云々以前に、デマツイートって悪意の有無にかかわらずほとんど見破るのが不可能なレベルで作られているものなので、本来はツイッターに書かれているあらゆる情報は信用しないほうがいいんですよね。ここでいう「信用しない」とは、「嘘だと思う」ことではなく「それをそのまま鵜呑みにせずきちんと裏を取る姿勢を持つ」ことだということを押さえておいてくださいね。

 

★相対化のきっかけとそれを活かせなかった自分

私がある程度そうした雰囲気に対して自分を相対化し得たきっかけは、愛知あたりに住んでいた、とあるフォロワーのツイートでした。それは内容など短期記憶以上に覚えることもないような数文字の日常的なツイートで、しかし震災発生からわずか30分もしないうちになされました。当時、バカな私は「不謹慎だ」と言ってそれを指弾しました。するとこう返ってきました。「え、別にわたし関係ないじゃん」と。

正確に覚えていないので表現は違っていたかもしれませんが、ある意味では彼女の言うことは正しかったし、のちに散々湧くことになる”不謹慎厨”のひとりとして数えられる前に私が早々とそれを脱却できた(その後の人生の態度すら定まった)のも彼女のおかげです。これだけは震災がらみの一連の出来事のなかで、唯一本当に経験しておいて良かったことだと思っています。

ですが、当時の私は十分にこれを活かせませんでした。「関係ない」を何か取り違えたせいで本来考えなければならないことまで放棄していたように思いますし、そのくせして全く知識もないのに政治批判もどきとかガンガンつぶやいてました。そしてそれが自然と許されてしまう雰囲気が、あの時のTwitterにはありました。

そこにあったおかしな雰囲気に私は、脱却の機会があったにもかかわらず、おかしいとも思わずにノってしまったわけです。これは高校生当時のこととはいえ一生の恥であり、そして私は未だ払拭することのできないそのバカを隠すことすらできないでいます。

そして、私が今もバカであるように、Twitterの雰囲気を「ヤバかった」「あった」と過去形にするのもきっと正しくないのでしょう。その雰囲気のまま7年も来てしまっているのが、今のTwitterなのですから。

 

◆画面の向こうの”安全に痛い”震災

★日本全体が自分をかたちづくれなくなっている

震災当時の私は”安全に痛い”非日常を楽しんでいた、という話をしましたが、これって恐らく私だけの問題ではなく、日本全体の当時の風潮そのものだったと思うんですよね。震災の悲劇に心を痛めているように見せておいて、そうしていることに快楽を感じてしまっていた。いや、たぶん今もそうです。

ごく一面では純粋な心配があるかもしれませんが、それは『秒速5センチメートル』で中学生の遠野くんが栃木に向かう途中に明里を心配した時のモノローグと同じでしょう。明里に帰っていてほしかったという気持ちに嘘はないでしょうけども、本当に心からそれだけを思っていたのであれば、あの駅で明里が待っていたのを見た時の反応はもっと違っていたはずです。でも遠野くんは明里とお弁当を食べたし、その後一緒に外を歩いて、あまつさえキスまでした。結局遠野くんは、明里を好きというよりも、明里が好きな自分を好きだったのだと思います。

震災時に日本全体が東北を心配する”フリ”をしたのも、その後急速に関心を失ったのも、3月になるたびに定期的に思い出す”フリ”をするのも、きっとそうすることで自分をかたちづくれるからなのでしょう。そうすることでしか自分をかたちづくれない人がそういうことを行い、そしてそんな人が私も含めて山ほどいるのがこの日本なのです。

自分をかたちづくることそれ自体が問題なのではなく(むしろそれは誰もがやらなければならないこと)、それが目的化してしまっていることが問題です。目的を達成したところで止まってしまうことが、思考をそこでやめてしまう原因になっているのではないでしょうか。

 

★自分探しへのサプリメントが多過ぎる世の中

対談では「デマを信じてしまうのは感情の問題で、これを変えるためにはベタな啓蒙による文化的アプローチしかないように思われるが、それは本当に難しい」といったような話が出てきていましたが、この難しさというのはきっと、人々が自分を探すだけの余裕がないことから来るものなんじゃないかと思います。

私も前回の記事で、自分をかたちづくれる「大事なもの」が何もないということに気付いたという話をしました。ただ、正直私の場合はまだこうして文章を書くことを素直に楽しめるだけマシで(その内容に問題があると思っているわけですが)、大企業で消耗してしまっている若者などにはそんなものを全うに探す余裕すらほぼないでしょう。

本来は働くなかで自己実現を果たしていくべきなのでしょうけど、いわゆる”就社”の姿勢で会社を選んだ人にはそれも厳しいかと思います。かといって、休日には何をするでもなく無為に時間を過ごしてしまう。そこの生産性をもう少し上げればいいはずなんですが、普段から思考を止めることに慣れてしまっているので、肝心な時にも頭が回らないのかもしれません。

そんな時、頭を使わなくても手軽に(そしてそれゆえ刹那的に)自分をかたちづくれるものへと逃げるしか、彼らにできることはない。それがきっとたとえばガチャゲーやオンライン対戦ゲーだったり、中身ゼロ系萌えアニメだったり、Twitter石投げ合戦だったりするのでしょう。

そういった自分探しのためのツール、アイデンティティ不全に対するサプリメントが、今の世の中にはあまりにも多過ぎるのかもしれません。そして、ある意味で超強力なサプリメント(ほとんど麻薬!)として機能したのが、画面の向こうで起きている悲劇の震災だったとすることもできます。むしろ、結果的にそうであったと言わざるを得ません。

 

★何もなくなってしまう人への処方箋とは

アイデンティティの確立不全をある種の病気とみるならば、それを確立できる余裕を持てるようにするための根本的な処方箋が必要になります。しかしそれは凝り固まった巨大な構造への挑戦であり、これはほぼ(少なくとも独力では)不可能に近い。仕方がないので、一時的に症状を誤魔化すサプリメントとしての(比喩的にいえば)石投げ文化を、それはカッコ悪いよと指摘する「ベタな啓蒙」によってやめさせるしかない。

その”啓蒙”を素直に聞き入れられない自分探し系の人たちの気持ちも、私にはよく分かります。それすらもやめてしまった時、彼らには(私にも)何もなくなってしまうから、そしてそれがどうしようもなく怖いから。怖いという感覚はあまりないかもしれませんが、それを封じられたらほかにどうしていいか分からなくなってしまうと言えば、言いたいことは分かってもらえるでしょう。

とはいえ、それによってデマが拡散するのを黙って見過ごすわけにもいきません。現状では、Twitterが何よりも圧倒的につながりやすくて逃げやすい手軽なものになってしまっていて、たとえばいまこうして書いている間にも、放送内容から勝手な妄想を膨らませた匿名アカウントのリプライが、全然関係のない人物のもとへ飛んでいたりします。他人事のように書きましたが、私の放送への解釈だって適切とは限らないので、何かニュアンスが間違っていて、知らぬ間にデマと化しているかもしれません。

とにかく、そうした「何かしたいけど何もできない人」にさせてあげられる全うな「代償行為」、比喩的にいえば「公園のゴミ拾い」のようなものがもっとあれば、少しは処方箋になるのかもしれません。せいぜいマシなサプリメントくらいのものでしかないような気もしてしまいますが、社会に役立つだけまだ良いでしょう。

 

★”偽善”のレッテルによる足の引っ張り合いの問題

そういやこんなのあったなぁというのを思い出したので書きますが、あの頃のTwitterには、震災に関心を向けなければならないという”空気”と同時に、震災に関する応援は募金やボランティアも含めて全て”偽善”だとする”空気”が存在していたかと思います。考えてみれば、私が当時やられてしまったのはむしろこっちだったかもしれません(だからこそ問題意識が低くてここまで思い出さなかったのかも?)。

これもデマの問題が絡みますが、震災復興募金を募っている団体が集めたお金を不正にピンハネしているだとか、ボランティアがむしろ被災地では邪魔になるだとか、そういったことを根拠にして、テキトーなことをするくらいなら何もしないほうがいいという雰囲気が確実にありました。もちろん、悪質な団体・ボランティアの問題は実際にあったんだとは思いますし、開沼氏も「無関心と放射脳なら前者のほうが邪魔じゃないだけまだマシ」と言っていたくらいです。

ただ、この不要にハードルを上げる”空気”がもうひとつの”空気”と結託して、震災自体には関心を持たなければならないけれどそれに関して何か生産的なことをしようとしてはいけないという、ねじれた”Twitter村の掟”が完成してしまっていたように思います。出ない杭は引っ張り出すけど出る杭は打ちに行く。どうしようもないですね。何でここでみんな嫌になってTwitterをやめるという選択肢が出なかったのでしょう……。

 

★結局ほとんどみんなウォール・シーナの住人

収集つかなくなってきたのでアニメネタでまとめますけども、仕事上の関係で最近『進撃の巨人』を観直しまして、この日本で震災後に浮き彫りとなった問題を結果的に描いてしまっているなぁと実感しました。特に1期。

【ネタバレ】アニメ『進撃の巨人』ストーリーまとめ! 強敵・女型の巨人との激闘までを振り返る!

東北の人たちはウォール・マリアの住民で、震災=巨人の被害を直接受けた人たちです。その中からエレン・イェーガー的な意志を持つ人間が本当は現れるべきだったのに、実際に挑む相手が巨人と違って見えないものだったためか、あまり成果が上がっていない(上がっていても伝わっていない)というのが現状。

東北からの避難民を受け入れた地域の人たちはウォール・ローゼの住民で、震災での直接的な被害は軽いものの、生活に変化があった人たちです。『進撃』と違って露骨な食糧難など発生してもいないのに、いじめ問題をはじめとした避難民(特に福島県民)排除の動きが起こっています。それはたぶん、彼らのことを放射能に汚染された人=巨人だと思っているから。

そして、それ以外の全ての地域の人間はウォール・シーナの住民です。私もここに位置しています。東北=ウォール・マリアが突破されたからといって生活には何ひとつ変化がなく、ただ画面の向こうの=伝聞の惨劇を見て「ひどいね」とだけ”つぶやいて”日常に帰っていく。そんな彼らに効くもうひとつの処方箋はきっと、直接大ダメージを被る大災害=女型の巨人のストヘス区急襲なのでしょう。

書けば書くほど『パトレイバー the Movie』がとっくに先行していたように思えてしまいますが(観てないので今度必ず観ます)、まあそれはそれとして……。

◆いま、私たちにできること

★問題の解消のためにはTwitterをやめればいいが……

過去を振り返って失敗だったとだけ言っていても仕方ないので、今からどう巻き返そうかという話をしないといけないのですが、対談でも何だかそのビジョンが上手く見えてはいなかったという印象でした。7年経っても解決の兆しすら見えない問題の解決策がたった2時間喋って出てくるわけがないので、当然といえば当然のことです。

あえて言うならば、私たちにも今すぐできることがあります。単純です。Twitterをやめること。解決にはなりませんが、少なくとも問題の根源を解消して再スタートを切るための礎を作ることはできます。しかしまあ……実際やるかというと、たぶん誰もやらないでしょう。もう1週間くらい「Twitter破壊計画草案」という記事を書き溜め続けているのですが、全然まとまる気がしません。本当にサーバー爆破するしかないかもしれない。

もしくは、誰もやめないからやめないのであって、みんなで一斉にやめようというふうにすればいいのかもしれません。Twitterが有効な場面はいくらでもあるけども、それ以上に悪い面がたくさん浮上してしまっていてあまりにもしんどいから、一旦全員でやめてみようよと。というかTwitterの有効性は膨大なユーザーありきなので、全員で一斉にやめれば、たとえば「災害時のホットラインになる」という利点も消えるじゃないですか。

……ということを何のケアもなしに行うと冗談抜きで食いっぱぐれる人とかも出てくるでしょうから、もうどうしようかという感じになってしまいます。

ちなみに、全然現実に起こらないであろうことならいくらでも思いつきます。大災害が起きてTwitter社が潰れるとか、Twitter投稿下限5000字とか、1ツイート後1日クールダウン必須とか、リツイート・検索・リプライ・削除機能の削除とか。最後のやつ私ほぼ困りませんね。

 

★”安全に痛い”ところから言えることは何もないから

開沼氏のような積極的に活動しているプレイヤーの言うことを再生産するだけなら私にもできますが、それってたぶん何の意味もないと思うんですよね……。結局私は家からほとんど出ることもなく他人の話を聞いてるだけで、自分が何かをしているわけではないので。

“安全に痛い”ところにいる私がドヤ顔で言えることは何もなくて、実際に活動しているプレイヤーのもとで一緒に戦うというのが精一杯だし、それ以上をやるなら自分で何か足を動かさないと意味がないのだと思います。

だからと言って何もしないのも、プレイヤーの邪魔をしないだけマシなのかもしれませんが、それでいいのかというとそうではないだろうと思います。足を動かしたくない・動かせない私たちが手だけを動かしてできることは、そうしたプレイヤーの発見・紹介・宣伝、あとは投資でしょう。

 

★「絶望と、なかよく」しない

私たちはある種の処世術として、『少女終末旅行』のユーリのように「絶望と、なかよく」する手段を持っています。この世に絶望しかないと感じた時、世界を読み替えて「なかよく」することで、絶望がもたらす鬱を回避し、ほとんど躁のように活動を続ける。

ちょうどよく読み替えられるそこそこヘビーでお手軽な絶望として、震災は消費されてきたように思います。来週はまたテレビで震災特集が組まれるのでしょう。「震災を忘れてはいけない」とか言いながら、徹頭徹尾画面の向こうのことでしかない震災をウォール・シーナの住民に見せて、「ひどかったね」と”安全な痛み”を感じさせて、それで終わり。

こんなニセモノの絶望と「なかよく」したところで何の意味もなく、そのまた来週にはきっとゲームで暴言でも吐いているか、Twitterで炎上に乗っかってるかでしょう(関係ないですけど、炎上元にちゃんと言及したい時ってどれくらい期間置けばいいんですかね……)。

ちょっと別の話をすると、震災と直接関係ない人が3月11日14時46分に黙祷とか、しなくていいと思うんです。私はあの時一瞬(Twitter上の知り合いが亡くなるかもしれないという)”本当の痛み”を感じかけましたが、結局全員無事でしたし、今となっては全くの無関係です。したがって私がこの黙祷パフォーマンスをやることには何の意味もありません。

もしそれを一切知り合いが亡くなっていないのに心からやるのであれば、2005年の中越地震や1995年の阪神淡路大震災に対しても同じことをすべきだし、自分に無関係な全ての人に向けて毎日やるべきだ。しかしその気概はない。だから私は、亡くなった祖母に対してしか黙祷はしません(というか祖母にもしません。あの人は自分にそういうことをしてほしいと思うような人ではなかったから)。

本当に絶望したのなら、それと「なかよく」するのではなく「乗り越える」回路を選ぶのが、たぶん私たちがとれる最善手です。そして震災においてそれは、テレビでちょっと思い出を振り返ることではなく、かつてTwitterで”偽善”と言われた募金やボランティアであったり、あるいはすでに挙げた通り具体的に活動しているプレイヤーへの投資であったりするのだと思います。

 

◆今からでも遅くはないから真剣に震災と向き合うべき

対談では地方創生問題とかの話もありましたが、私が今すぐ触れられるような話ではないので、自分の中で噛み砕くだけにしておきます。

3月だからとは絶対に言いたくありませんが、震災というひとつの大きな絶望と、真剣に向き合ってみてはいかがでしょうか。発生からは7年経ちますが、今からでも遅くはありません。というか、時代の流れが遅過ぎて残念ながらまだ有効である、とすべきかもしれませんが。

 

記事は以上で、ここからは宣伝です。足も金も動かせない私には、プレイヤーの宣伝をすることしかできないので。

 

開沼博氏の著書のひとつ。読んだことがあるわけではありませんが。震災前から書いていたそうです。


「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか

 

宇野常寛氏のデビュー作。”安全に痛い”の引用元。セカイ系批判の文脈で使われていたことばですが、応用範囲が広くて個人的に好きです。


ゼロ年代の想像力

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