アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』に求めること

2018年冬クールに放送される、京都アニメーションの新作アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。私は原作も読んだのですが、制作者のコメントやPVを観る限りではキャラクターや時系列などに大幅な改変があるようです。アニメーションとして『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』がどんな作品になりそうか、またどんな作品になってほしいか、私の予想や思うところを述べていきます。

当然内容のネタバレを含みますので、原作を読んでいないという方はまず先にそちらを買って読むか、ネタバレ覚悟の上でお開きください。

 

◆放送前から判明している原作とアニメの主な相違点

★物語の順番の入れ替え

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のあらすじ&アニメ化情報まとめ! CMで話題の京アニの新たな極致とは?

原作ライトノベルの主な情報は、2017年8月に私がFestyで書いた記事にまとめてあるので、そちらをご覧ください。今回取り上げたいのはあくまでアニメ版について。以下は公式サイトから引用したあらすじです。

とある大陸の、とある時代。

大陸を南北に分断した大戦は終結し、世の中は平和へ向かう気運に満ちていた。

戦時中、軍人として戦ったヴァイオレット・エヴァーガーデンは、軍を離れ大きな港町へ来ていた。
戦場で大切な人から別れ際に告げられた「ある言葉」を胸に抱えたまま――。

街は人々の活気にあふれ、ガス灯が並ぶ街路にはトラムが行き交っている。
ヴァイオレットは、この街で「手紙を代筆する仕事」に出会う。
それは、依頼人の想いを汲み取って言葉にする仕事。

彼女は依頼人とまっすぐに向き合い、相手の心の奥底にある素直な気持ちにふれる。
そして、ヴァイオレットは手紙を書くたびに、あの日告げられた言葉の意味に近づいていく。

あらすじを読むと、原作とは出だしからすでに異なり、物語がほぼ時系列順に整理されていることが分かります。あらすじの箇所は原作でいうところの第7章(実際には通し番号はありませんが、便宜的にこう呼びます)にあたり、上下巻各6章ずつなので、下巻からのスタートです。

なお、原作の各章を単純に時系列で並び替えると、第6章が最初(大戦中の物語)となり、以降7→8→9→10→1→2→3→4→5→11→12と続きます。アニメが第7章から始まるということは、第6章は恐らく各所に散りばめつつ、途中で過去回として挿入されることになるでしょう。詳しくは後ほど。

 

★登場人物の追加と削除

ヴァイオレットをはじめとした原作のキャラクターについては先ほど挙げた私の記事をご覧いただきたいのですが、アニメでは2人のオリジナルキャラクターが登場するようです。そのひとりが、このエリカ・ブラウン(CV:茅原実里)。

C.H郵便社で代筆を務める従業員の一人。
アイリスの先輩だが、依頼主とのやりとりに苦心しており仕事に自信を持てずにいる。

 

もうひとりは、エリカの紹介文にも名前が出てきたアイリス・カナリー(CV:戸松遥)。

C.H郵便社で代筆を務める新人の一人。
代筆の仕事に就くため田舎から出てきた。
働く女性に憧れており、早く仕事で名をあげたいと意気込んでいる。

詳しい考察は後で行いますが、とりあえずはこの2人を押さえておきましょう。

 

忘れてはいけないことですが、追加されるキャラクターの代わりに削除されるキャラクターもいるんです。それがこのラックス・シビュラ。アニメ公式サイトのキャラクター紹介に名前が挙がっていません。原作第10章から登場するキャラクターですが、時系列順に物語を並べると登場させる必要が薄れてしまう面があります。これも後ほど詳しく。

 

◆変更点の意義と内容の予想

★そもそも原作で時系列を組み替えている理由とは?

端的にいえば、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』で描かれるテーマは。ただギルベルト少佐の命令を聞くことだけを生き甲斐にしてきたヴァイオレットが、ギルベルトが言った「愛してる」という言葉の意味が分からず、その意味を知るために”自動手記人形”として人々の想いに触れていく物語です。詳細の説明は面倒なので省いてしまいますが。原作を読め

ところが、このテーマ性は原作ではしばらく秘匿されています。第1章では、”自動手記人形”は代筆機械だという情報が最初に与えられ、その状態でヴァイオレットが登場し、機械化した両腕を見させて「あぁ、ヴァイオレットは機械なんだな」と思わせておいて、ラストに実は義手をつけているだけの人間で、”自動手記人形”という名前の代筆屋を営む人もいるんですよというオチを持ってきます。これだけは公式サイトで読めるので、今すぐ読みましょう。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』第一章試し読み

その後、感情が理解できない人間としてのヴァイオレットが第5章まで描かれ、第6章のラストになってようやく上記のギルベルトとのシーンが出てきます。ここまで読んで初めて、読者は『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が愛の意味を求める物語なのだとはっきり知ることが出来るんです。

要するに、敢えて時系列を崩した原作の順番は、「ヴァイオレットはどうしてこんなに感情に乏しくて、何を求めて生きているんだろう」と読者が気になるように仕向け、先へ先へと読み進めさせる効果を生んでいるんですね。

 

★本なら出来るがアニメでは……

ところが、同じことをアニメでやろうとするとどうなるか。簡単に言えば、視聴者が途中で飽きてしまうという事態になります。これは、本というメディアと、アニメ(映像)というメディアの特性の差異によって起こります。

本は一度手に取れば、その内容全てが読者のものです。漫画でも小説でも、読者はそうしたいと思えばいつでも先を読めますし、前に戻って見直すことも出来ます。好きなところで区切って休憩することも容易ですし、逆に一気に読み進めることも読者次第で可能です。読むスピードも、読者一人ひとりに委ねられています。

アニメはそうではありません。アニメは内容が毎週小出しに放送されます。円盤を買ったり配信サービスを利用したりすれば早送りや巻き戻しをすることも出来ますが、アニメは基本的にテレビ放送(もしくは映画上映)が第一義です。どんなに続きを観たくても視聴者は来週まで待つことを余儀なくされますし、前の放送を観直すには円盤か配信を待つ必要があります。物語の区切りやスピードは演出家によって定められています。つまり、作品を享受するにあたって視聴者の自由度が低いんです。

 

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を原作と同じような順番でアニメ化すると、概ね第6話まで物語のねらいがはっきり見えてこないということになります。本なら第6章まで一息に読めばスッキリするところを、アニメはアニメであるがゆえに第1話から1ヵ月以上も視聴者を強制的にモヤモヤさせてしまうんです。想像してみてください、6週にわたってよく分からない話が続くアニメ。たぶん第3話くらいでキレますよね。

そうならないよう、アニメでは早い段階で視聴者を惹きつけるべく、何を目的として物語が進むのかを最初から明確にしておく必要性があります。だからこそ、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』では原作第7章がアニメ第1話に据えられるというわけです。より正確には、第7章を語りの現在に据えつつその過去である第6章も必要なぶんだけ語るという構造をとるものと考えられます。

 

★過去回は何話目か

大戦中のヴァイオレットとギルベルトを描く第6章は膨大な量があり、とても第1話で第7章とともに全て消化できるものではありません。よって、第1話ではテーマを伝えるために必要なぶんだけが語られ、残りはフラッシュ程度に各話に挿入したり、過去回として丸ごと1話を使って語られるものと予想できます。

あくまで原作にある話だけを考えると、スムーズに過去に戻れるポイントがあるとすればただ一点、第5章のラストです。第5章は大戦における敗戦国に属し戦犯とされた死刑囚とヴァイオレットの物語が描かれ、そのラストでヴァイオレットが過去に思いを馳せるかたちで第6章が語られ始めます。

時系列を整理し第7章を第1話に据えたアニメでは、第5章に到達するまでに単純計算で7話を要します。つまり第6章が詳しく語られる可能性が高いのは第8話。過去回は第8話と予想できます。

 

★要らなくなる章、要らなくなるキャラクター

原作第9・10章では、ヴァイオレットと同じC.H郵便社で働く2人のキャラクター、ベネディクト・ブルーラックス・シビがヴァイオレットとどう関わっているかがそれぞれ描かれています。この2つの話は、愛を知らなかったヴァイオレットもいつの間にかこんなにも仲間や友達に愛されていたんだ、という美しい結末を描く第12章にもっていくための布石となっています。

しかし、アニメは第7章を最初に据えました。時系列順ではこの後すぐベネディクトやラックスとの話を描いて、その後こんどはヴァイオレットが単身で人々の愛に触れていくということになります。こうなってしまうと、話の間隔が開き過ぎて、第9・10章がラストに対してもつ効果が薄くなるのがお分かりいただけますでしょうか。

それでは意味がないということで、第9・10章は恐らく削除になるものと思われます。ベネディクトなんかはアクティブなので第9章が消えてもまだ活かしようがありますが、ラックスはただでさえ宗教団体に幽閉されていたところをヴァイオレットに助けられたという面倒な経歴があり、その上”自動手記人形”ではなく社長秘書であるため常に本社勤務です。”自動手記人形”として各地を飛び回るヴァイオレットを描くにあたって、ラックスは正直いなくても問題ないということになってしまいます。

それゆえアニメではラックスが削られ、しかしさすがにキャラクターが少なくなり過ぎるので、代わりとして(動かしやすい”自動手記人形”の)エリカとアイリスを追加した、ということなのでしょう。

 

★オリジナルストーリーはどのようなものになるか

章を削りオリジナルキャラクターを追加すれば、当然オリジナルストーリーも追加しなければなりません。物語のテーマである愛を描くにあたって、2人の追加キャラクターがどのように動かされ、そのためにどんなストーリーが必要になるかを考えていきます。

 

2人のオリジナルキャラクターの存在意義を考えるにあたって、まずは花言葉を調べる必要があります。というのも、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』原作者の暁佳奈は花と詩がお好きなようで、ヴァイオレットという主人公名も詩から引用しているとか。しかも、スミレ(violet)の西洋での花言葉には「You occupy my thoughts(あなたのことで頭がいっぱい)」というものがあり、少佐のことで頭がいっぱいのヴァイオレットにはぴったりなのです。

他のキャラクターの名前も花や詩(詩人)が由来であることは調べればだいたい分かるのですが、ひとまずはオリキャラであるエリカアイリスだけについて考えましょう。

エリカというのはツツジの仲間で、花言葉は「孤独」「寂しさ」「博愛」「良い言葉」。キャラクター設定と照らし合わせると、前2つが合致しているように思われます。自閉的な精神性がうかがえ、「わたしなんて……」と落ち込んでしまいそうなキャラクターが想像されますね。

アイリスは要するにアヤメのことで、花言葉は「よい便り」「メッセージ」「希望」。西洋のものも参照すると、「message(伝言、メッセージ)」「hope(希望)」「faith(信頼)」「friendship(友情)」「wisdom(知恵、賢さ)」とあります。こちらはむしろ仕事が上手く進むキャリアウーマンという印象です。

 

このように対照的なふたり。愛というテーマを彼女たちとどう絡めようかと考えると、それぞれをヴァイオレットと直接関わらせるよりは、この2人を本筋とは独立的に描くほうが上手くまとまるのではないでしょうか。もちろん『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はあくまでヴァイオレットの物語なので、オブザーバーとしてのヴァイオレットは描かれなければなりませんが、ちぐはぐな先輩と後輩というふたりの関係性がヴァイオレットに何らかの影響を与える、といったようなかたちになるのではないかと思います。

第6章や第11章の比重が大きいので、彼女たちで追加の1話を作れば恐らく12話ぶんは出来るでしょう。この回は第9話に入ってくると予想します。

 

◆小説をわざわざアニメ化するからには

本来はどんなアニメについてもいえることなのですが、一度小説という形態で(しかも自社レーベルからの出版で)完成した物語をわざわざアニメ化するのだから、その表現の美しさはそのままに、さらにその上を目指してほしい、そう私は思います。

 

そもそも、小説の映像化というのは文字表現の可視化です。細部を読者の想像に委ねつつ、魅せたいところをはっきり魅せていくのが小説。イラストや挿絵を積極的に導入しある程度受け手のイメージを固定させようとしたライトノベルはその派生形で、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』もまさにそのライトノベルですが、映像(アニメ)は文字を全て可視化することで、受け手のイメージを完全に固定します。ある意味で受け手の想像力を操作するメディアが映像(アニメ)なのです。この点でも、アニメは受け手の自由度が小説より低いんですね。

この『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』には、文字で読むだけでも荘厳な景色がたびたび書かれていますし、ヴァイオレットの戦闘描写のような大きな動きから、表情の変化などのちょっとした動きまで、そのどれもが細かく美しい表現で書かれています。これらを頭の中で想像するのを楽しむのが小説の正しい(というか唯一の)享受方法だと思うのですが、雑な言い方をすればアニメ化は我々から想像の楽しみを奪い取ってしまうのです。

そんな横暴をはたらくのだから、相応のリターンを得られなければアニメ化する意味がありません。我々読者の想像を遥かに超える映像表現がなされなければ、我々は”読者”から”視聴者”にはなる気になれないのです。

 

映像美においてはアニメ業界最高峰と言ってまあ差し支えないであろう京都アニメーション。このアニメ制作会社が作るアニメに常に求められるのは、他社ではまず手の届かない映像表現です。スタジオジブリのような古典的・伝統的手法とは別ベクトルの、実写技術を応用するなどしたアニメ表現のフロンティアとして、京都アニメーションはいつも他社の追随を許してはならない立ち位置にあります。

その役割は前々作『響け!ユーフォニアム2』や前作『小林さんちのメイドラゴン』でも十分に果たされていた(メイドラゴンは迷走していましたが)と思いますし、PVを観る限り『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』では本腰を入れて別次元に進もうとしているようです。私の、そして恐らくは視聴者各位の期待は、きっと満たされることでしょう。

 

◆予想を上回ってほしいというのが正直なところ

以上、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のアニメ化について、私の思うところを述べました。実際の放送より前に書いているので、これが放送後に恥ずかしい妄想記事と化すのか、ピタリ賞の未来人記事になるのかは分かりませんが、別に当てたくて予想しているわけでもないので、正直どちらでも構いません。むしろ私の予想など外れて、それを凌駕する作品が出てくれば最高ですね。

とにかく、アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』、今から楽しみにしています。

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