「お金を使ってくれない人はファンとは呼ばない」をファンが再生産することの無意味さ

はあちゅう、良い尖り具合ですよね。私は好きです。ポエミーな文章には興味ないし、一切(厳密にはほんのちょっとだけしか)課金してないので、上記定義に従えば”ファン”でもないけど。

本記事の全ての”ファン”という単語は全て上記定義に従いますので、そのつもりで読んでください。それと、このツイートを引いたので記事内では「クリエイター」という単語を使いますが、アーティスト・作家など何らかの作り手であれば代入してOKです。自分がその”ファン”だと思う対象に合わせて読み替えてください。

クリエイターたるはあちゅうがこれを言うのはいいとして、ファンが同じことを言うのには何の意味もないということを書いていきます。とんでもなく薄い内容かもしれません。しかし重要なことだと思うので書きます。

“「お金を使ってくれない人はファンとは呼ばない」をファンが再生産することの無意味さ” の続きを読む

『少女終末旅行』最終考察 ~閉塞を打破しうる終末日常系~

原作マンガ『少女終末旅行』が先日最終回を迎えました。本作でチトとユーリが通ってきた場所・最終的に辿り着いた場所が何を表していて、この終末日常系の先に何が必要とされるのか。今回はそれを考えてみたいと思います。

過去2度にわたって本作が何を描いてきたかを考えてきましたが、そちらは読まなくて結構です。むしろ読まないでください。

 

“『少女終末旅行』最終考察 ~閉塞を打破しうる終末日常系~” の続きを読む

違法アップロード取締は作家の利益向上に貢献するか ~もはやデータに価値なし~

最近ちょっと話題になってたので一応引用しましたが、まあ別にこんなものをいちいち引っ張ってくるまでもなく、この問題には一段上の議論が必要だろうと何年も思ってましたよ、私は。いたちごっこが繰り返されて久しい、違法アップロード問題の根本に潜む問題を探ります。叩き台がマンガなのでマンガのことを中心に論を展開しますが、同じことは小説や音楽や映像作品についてもいえると思って読んでください。

下手に広まったらすぐ脊髄反射で叩いてくる奴が出てきそうな内容になりますので、もう30秒考えれば論理破綻していると分かるような恥ずかしいコメントを感情的に書き込んでバカを晒すなどということをしたくない人は、今のうちにこのブラウザを閉じましょう。もっとも、そうなる可能性がある人はこの語り口を見た段階で引き返すと思いますが。

“違法アップロード取締は作家の利益向上に貢献するか ~もはやデータに価値なし~” の続きを読む

あえて過激であることのメリット ~クズをクズと言って何が悪い!~

前回の記事を読んでくださった皆様、そしてRTしてくれた友人・先輩と私が知らないどなたか、ありがとうございました。全くの無名からでも発信力を持てるのは今のこの社会の強みだと思っています。無価値な情報の濁流に流されないように、価値あるものを生めるように、これから頑張っていきます。

ところで、そんな前回の記事における問題点をひとつ発見しました。正確には、そこに書かれていること自体には問題がないけれども、しかし矛盾のように見えてしまうためどうしても補足しておかなければならないことです。何のことか。それは、「自分もよくやりがち」と書きながら自分自身では首をひねっていた、過剰な装飾の話です。

“あえて過激であることのメリット ~クズをクズと言って何が悪い!~” の続きを読む

本当に「批判は何も産まない」のか ~『私が大好きなアニメを見れなくなった理由』への2年越しの回答~


この記事からパブリックに晒していこうと思います。まだ数は少ないですが、もちろん以前の記事も読めますので、よかったらぜひ。ネタバレには気をつけてくださいね。

今回は、たぶん世の人々の多くが悪い印象を持っているであろう”批判“という言葉と概念に関して物申したいことがあるので、つらつら書いていきます。叩き台としては、2年ほど前にTwitterで見かけたこのマンガを。

 

“本当に「批判は何も産まない」のか ~『私が大好きなアニメを見れなくなった理由』への2年越しの回答~” の続きを読む

『少女終末旅行』をもう一度考える ~ふたりはなぜふたりなのか~

あけましてからだいぶ経ちました。新年のあいさつという文化はあまり好きではありません。12月31日が1月1日になることに、なぜそんな強迫的にこだわりを抱かなければならないんでしょうか。疑問です。

今回はもう一度『少女終末旅行』について考えてみたいと思います。前回の記事のアップデートみたいなものです。拾うべきところを拾い捨てるべきところを捨て、少し付け加えをしていきます。「終わりなき日常」の使い方とかだいぶ怪しかったですからね。半分合ってて半分間違ってるみたいな。

 

“『少女終末旅行』をもう一度考える ~ふたりはなぜふたりなのか~” の続きを読む

日常系はディストピア ~『少女終末旅行』感想~

アニメ『少女終末旅行』を観ました。今季これしか観てないってのはどうかと思いますが……。くらげバンチに連載されているのを見つけて以来ずっと追っている作品だったので、アニメ化は嬉しかったですね。

終末世界を旅するふたりの女の子を描く本作。既存ジャンルである日常系のようでそれとは異なっている新たな描かれ方から、『結城優奈は勇者である』を発端として定義づけられた新ジャンル・新日常系とも定義されています。

私はそんな本作を観ていて、実のところ私たちが今まで観てきたこれまでの日常系に描かれていたのはディストピアなのではないか、そのように感じるところがありました。その思考に至るまでの過程と、本作で描かれているものを検証します。

別にアニメ版とマンガ版の違いを語るものではないので、あらかじめご了承ください。ネタバレはあるにはありますが、ストーリーを追いたいのなら別のサイトを巡るほうがよいでしょう。

 

“日常系はディストピア ~『少女終末旅行』感想~” の続きを読む

アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』に求めること

2018年冬クールに放送される、京都アニメーションの新作アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。私は原作も読んだのですが、制作者のコメントやPVを観る限りではキャラクターや時系列などに大幅な改変があるようです。アニメーションとして『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』がどんな作品になりそうか、またどんな作品になってほしいか、私の予想や思うところを述べていきます。

当然内容のネタバレを含みますので、原作を読んでいないという方はまず先にそちらを買って読むか、ネタバレ覚悟の上でお開きください。

 

“アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』に求めること” の続きを読む

アニメ『BanG Dream!(バンドリ)』はなぜ低評価なのか

ブシロード渾身の激推しメディアミックスコンテンツである『BanG Dream!(以下バンドリ)』。数々の漫画、小説版と着実に成長し、2017年冬クールのアニメ版を経て、満を持してリリースされたアプリ『バンドリ! ガールズバンドパーティ!(以下ガルパ)』は、まあ確かに大盛況と言って全く事実に違いはないでしょう。えぇ。

ただ私はどうしても、アニメバンドリは果たしてアレで良かったのかと思ってしまいます。1クールアニメとしては標準よりも多い13話という時間をかけて描かれた物語の割には、アニメ『バンドリ』はあまりに薄っぺらかったと言わざるを得ないのではないでしょうか。

どういうわけか3クール経った今季(2017年秋クール)でも未だに再放送されている『バンドリ』のどこがどう納得いかず、どうしてあげればもっと良いものになっていたのか、批判点ポテンシャルを論じていきます。

正直これを書きたかったがためにこのブログを立ち上げたと言っても過言ではないので、気合いを入れて書きます。

 

“アニメ『BanG Dream!(バンドリ)』はなぜ低評価なのか” の続きを読む

ごあいさつ

こんにちは、RAです。

 

ライターと名乗るようにしております。

現在は主に、アニメ・マンガメディア「festy」で書かせてもらってます。

http://festy.jp/web/users/7089

他にコピーライティングもやっており、稼ぎはこちらのほうが圧倒的に多いのですが、書きたいのはどちらかというとクリエイティブなことです。

 

趣味でドラムを叩いております。

 

このブログは雑記になるかと思います。

日本語について・世の中の風潮への主張・アニメの感想や評論もどきなど、自由に書いていきます。

 

ご連絡の際は以下のフォームをご利用ください。

ご連絡用フォーム

 

どうぞよろしくお願いします。