違法アップロード取締は作家の利益向上に貢献するか ~もはやデータに価値なし~

最近ちょっと話題になってたので一応引用しましたが、まあ別にこんなものをいちいち引っ張ってくるまでもなく、この問題には一段上の議論が必要だろうと何年も思ってましたよ、私は。いたちごっこが繰り返されて久しい、違法アップロード問題の根本に潜む問題を探ります。叩き台がマンガなのでマンガのことを中心に論を展開しますが、同じことは小説や音楽や映像作品についてもいえると思って読んでください。

下手に広まったらすぐ脊髄反射で叩いてくる奴が出てきそうな内容になりますので、もう30秒考えれば論理破綻していると分かるような恥ずかしいコメントを感情的に書き込んでバカを晒すなどということをしたくない人は、今のうちにこのブラウザを閉じましょう。もっとも、そうなる可能性がある人はこの語り口を見た段階で引き返すと思いますが。

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あえて過激であることのメリット ~クズをクズと言って何が悪い!~

前回の記事を読んでくださった皆様、そしてRTしてくれた友人・先輩と私が知らないどなたか、ありがとうございました。全くの無名からでも発信力を持てるのは今のこの社会の強みだと思っています。無価値な情報の濁流に流されないように、価値あるものを生めるように、これから頑張っていきます。

ところで、そんな前回の記事における問題点をひとつ発見しました。正確には、そこに書かれていること自体には問題がないけれども、しかし矛盾のように見えてしまうためどうしても補足しておかなければならないことです。何のことか。それは、「自分もよくやりがち」と書きながら自分自身では首をひねっていた、過剰な装飾の話です。

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本当に「批判は何も産まない」のか ~『私が大好きなアニメを見れなくなった理由』への2年越しの回答~


この記事からパブリックに晒していこうと思います。まだ数は少ないですが、もちろん以前の記事も読めますので、よかったらぜひ。ネタバレには気をつけてくださいね。

今回は、たぶん世の人々の多くが悪い印象を持っているであろう”批判“という言葉と概念に関して物申したいことがあるので、つらつら書いていきます。叩き台としては、2年ほど前にTwitterで見かけたこのマンガを。

 

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『少女終末旅行』をもう一度考える ~ふたりはなぜふたりなのか~

あけましてからだいぶ経ちました。新年のあいさつという文化はあまり好きではありません。12月31日が1月1日になることに、なぜそんな強迫的にこだわりを抱かなければならないんでしょうか。疑問です。

今回はもう一度『少女終末旅行』について考えてみたいと思います。前回の記事のアップデートみたいなものです。拾うべきところを拾い捨てるべきところを捨て、少し付け加えをしていきます。「終わりなき日常」の使い方とかだいぶ怪しかったですからね。半分合ってて半分間違ってるみたいな。

 

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