匿名のインターネットにおいて人の卑しさはどうすれば乗り越えられるか

たまたまテーマに合致するツイートが話題になっていたので引用しましたが、この話を書こうと思ったきっかけは全然違うところにあります。匿名のインターネットにおいて人の卑しさはどうすれば乗り越えられるかという話。書いてるうちにだいぶメンタルやられてしまった。

“匿名のインターネットにおいて人の卑しさはどうすれば乗り越えられるか” の続きを読む

声に出して読みたくなるような文章を書きたいという話

憂「命の叫びが銀河に響く」

私このSS大好きなんですよね。まとめサイトのURLを貼ることに抵抗があったため旧2ちゃんねるの元URLを貼っていますので読む際はタイトルで検索して任意のまとめサイトを開いていただいたほうが恐らくいいでしょうけどもとにかく超オススメですからぜひ読んでみてください。

……今の文章も一切読点を使わないで書いてみたんですが、こうすると何だか超早口で一気に言っているような感じがしてちょっと面白かったりしません? こんなふうに大した中身がなくとも文体や勢いだけで面白い文章ってあると思うんですが、ああいうのをスラスラ書けるようになりたいという話を延々としていきます。

“声に出して読みたくなるような文章を書きたいという話” の続きを読む

「お金を使ってくれない人はファンとは呼ばない」をファンが再生産することの無意味さ

はあちゅう、良い尖り具合ですよね。私は好きです。ポエミーな文章には興味ないし、一切(厳密にはほんのちょっとだけしか)課金してないので、上記定義に従えば”ファン”でもないけど。

本記事の全ての”ファン”という単語は全て上記定義に従いますので、そのつもりで読んでください。それと、このツイートを引いたので記事内では「クリエイター」という単語を使いますが、アーティスト・作家など何らかの作り手であれば代入してOKです。自分がその”ファン”だと思う対象に合わせて読み替えてください。

クリエイターたるはあちゅうがこれを言うのはいいとして、ファンが同じことを言うのには何の意味もないということを書いていきます。とんでもなく薄い内容かもしれません。しかし重要なことだと思うので書きます。

“「お金を使ってくれない人はファンとは呼ばない」をファンが再生産することの無意味さ” の続きを読む

『少女終末旅行』最終考察 ~閉塞を打破しうる終末日常系~

原作マンガ『少女終末旅行』が先日最終回を迎えました。本作でチトとユーリが通ってきた場所・最終的に辿り着いた場所が何を表していて、この終末日常系の先に何が必要とされるのか。今回はそれを考えてみたいと思います。

過去2度にわたって本作が何を描いてきたかを考えてきましたが、そちらは読まなくて結構です。むしろ読まないでください。

 

“『少女終末旅行』最終考察 ~閉塞を打破しうる終末日常系~” の続きを読む